「世間学」を勉強中です。

日本の世間について語ります

八、属する世間のなくなったわたし

 前々からわたしはその宗教団体が嫌いだったのですが、そのことをそのまま述べるのは憚られました。

 日本人の誰でも、自分の属している世間から抜け出すことを恐れるものです。その世間のことが死ぬほどいやだったとしても、我慢してそこにい続ける人が、どれほど多いことでしょう。

 わたしももしこんな大妄想を発症することなく、その中に思考伝播という妄想がなかったならば、それからの人生も継続してその宗教団体と関わっていたことでしょう。虫唾が走るほど嫌いだったにも関わらず。

 しかしわたしは、すっかりわたしの考えていたことを知ったので、その気持ちに嘘はつきたくなかったのです。他人には少々の嘘はついてもいいですが、自分には決して嘘をついてはいけない。それがその当時わたしが発見した鉄則だったのです。

 例の人には、たくさん飲みに連れて行ってもらったりして、非常にお世話になっていたのですが、わたしは敢えてその人に向かって、自分の正直な気持ちをぶちまけました。

 何かをいただくか、してもらったりしたら、お返しをしなければならないというのが世間の大事な鉄則の一つなのですが、わたしは敢えてそのルールを破りました。その人にとってわたしがしなければならないお返しは、宗教にどっぷりと肩まで浸かることだったのでしょうが、わたしはそれをきっぱり拒否しました。

 わたしは宗教団体という世間から抜け出て、距離を開けることを決意したのです。わたしが属する世間というのは、ついに零となってしまったのです。

 仕事には就きました。世間とかそんなものは関係なく、仕事は何かしなければならないだろうと考えたからです。

 わたしが精神病院から退院した頃は、ちょっうどバブルがはじけた頃でした。わたしはバブルというのも何の意味か分からず生きていましたから、バブルがはじけたと言われても、全くピンときませんでした。

 バブルがはじけても、やはり簡単に就職することができました。しかし世の中はパソコン全盛になりかけていましたから、わたしが持っていた手動機の写植オペレーターの仕事は、間もなく消える運命にあったのです。

 わたしは別に写植が好きだったわけではなく、手動機の写植機の機械が好きだったので、その技術が消えてしまうのなら、もう何もする仕事がないなあと考えていました。

 仕事の面では行き詰まっていましたが、頭の中身のことに関しては、喜ぶべきことに、非常に明晰になってきたのです。

 普通精神病の妄想になってしまった人は、頭の肝心なところが破壊されて、それからの生活に支障が生じるものです。

 ところがわたしの頭は、妄想状態になる前に比べて、明らかにはっきりとするようになったのです。

 宇宙にまで自分の考えていることが聞こえていたという思考伝播という妄想のせいで、わたしは自分の願望の全てを知り、それをまるごと肯定することに決めました。それがよかったのです。

 その頃わたしは人生で初めて小説というものを最後まで書き切りました。それまで小説家になるために責務のように読んでいた本の数々が、わたしの心にズンと応えるようになったのです。つまり理解できるようになったのです。

 宗教団体からも離れ、会社にいても全くマイペースでやっているわたしには、属する世間などありませんでした。

 普通ならそんな状態になってしまったら、不安になって、また病気を発病するところでしょうが、わたしは至極平気でした。