「世間学」を勉強中です。

日本の世間について語ります

2024-04-01から1ヶ月間の記事一覧

三十、世間の主観的な上下関係

西欧の人間関係にも上下関係はあります。日本の世間とは様子が違うらしいのですが、あることはあります。同様に日本の世間にもしっかりした上下関係があります。 西欧ではその上下関係がしっかり固定されているのでしょう。誰から見てもはっきり分かる上下関…

二十九、八方美人はよくない

外から見たら全く同輩としか見えない、たった一年しか年上でない人たちを先輩と崇めなくてはならない、それが世間というところのルールなのです。 若い人たちは、世間の上下関係なんか古臭いと言うわりには、この先輩後輩という間柄の上下関係には、すんなり…

二十八、世間の上下関係

デイケアに通い始めて三年くらいは、さほど馴染んでいるとはいえなかったのです。それに、正直言って、こんなところに馴染んでも仕方がないと思っていました。 ところが四年目か五年目の頃、わたしの住んでいる家の玄関にスプレーペンキを大量に吹きかけられ…

二十七、まず世間に馴染んでみる

もちろんそれはただの占いであって、そんなもん、でたらめに決まってるやんと言う人は言うでしょう。別に何を仰ってもらっても構いません。その後数年してわたしは、保健所のグループやデイケアの中で、とても明るく活発な人間に変貌を遂げたのですから。 わ…

二十六、デイケアという世間に馴染む

前にも書いたように、元々わたしはデイケアに馴染もうなんていう気はさらさらなかった。一人で生計を立てられないくらいの障がい者年金しかないんやったら、近々働きにいかなしゃあないやんと思うてた。 それなのにだんだんデイケアというところに愛着が湧い…

二十五、世間は人間関係が大事

わたしは元々人に嫌われやすい人間ではなかったので、人間関係で苦しんだことはありません。そこが他の精神病者とは違うところです。 みんな人間関係の破綻のようなものが起きて、病気を発病させた人が多いようですから。 世間というところは、ほとんど全て…

二十四、片手間で仕事したらあかんのん?

会社員になるならば、会社のために滅私奉公するというのは、日本の世間では当然のことなんですね。生活の全てが会社になって、それ以外のことは何も考えない。 それくらいでないと、会社員としてやってはいけない。わたしだって、そんな風に働いていたとした…

二十三、会社のために小説を諦めるか?

卑近な例では、家事労働というものがあります。主婦が毎日せっせと家事をしても、誰からも給料を貰うわけではありません。旦那さんから毎月生活費は渡されていますが、それはあくまでも旦那さんが会社から貰ってきたもので、主婦が独力でどこかから稼いでき…

二十二、お金の儲からない仕事

わたしが小説を書くことを中心に考えたいと言明すると、母親はひどくいやな顔をしていました。そんなんして、生活すんのはどうすんのん? と訊ねるので、もしどうしても生活でけへんかったら、生活保護を貰ういう手もある。 生活保護の話をすると、母はもっ…

二十一、いとこが白血病になってしまった

手動機の写植オペレーターの仕事は、わたしが三十五歳くらいになった頃には、もはや求人が絶えてしまいました。電算写植の仕事を教えてもらったこともあるのですが、それがもう一つ面白くない。 面白くなくても、仕事はやり続けるのが当たり前なのですね。そ…

二十、会社という世間

上層部の人々には、元々みんなで団結しようなどという意識はなかったのでしょう。世間はただ、自分たちの利害を守るためだけの道具、それだけのものだったのでしょう。 世間のルールに縛りつけられていたのは、中層部から下層部にかけての人たちなのでしょう…

十九、世間のいいところ、悪いところ

日本にある世間というところには、そういう温かい部分があるのです。だから世間の懐に抱かれて心安らかに憩える人は、十分に憩えるのです。 そこには個人主義も競争もなく、ただ母親に頭を撫でられて眠るような、限りない心地よさがあるのです。 世間という…

十八、人間関係の勉強

わたしは元々会社にいても、特別人間関係に苦しんだことはありません。これはわたしにとっては幸せなことでした。人間関係の苦しみのために自殺したりする人が多い世の中ですから。 わたしがとにかく気にしたのは、遅刻・欠勤の多さです。そのために会社の戦…

十七、給料貰えんとこに通って、どうすんねん

わたしは自分のことを、てっきりおとなしい男だと思い込んでいました。二十歳くらいまでは、ろくに他人と会話すらできない体たらくでした。 大学生というものは、あほなりに、色んな自分の意見を述べるものなのですが、そんな時もわたしはおとなしく黙ってば…

十六、「理屈はいらん」ではすまない

理屈というものが役に立つ時は、もちろんあります。たとえば会社などである程度の仕事をこなした後に、長期の休みが欲しい、あるいは育児休暇が欲しい、そのような権利を主張する時、ちゃんとした理屈を頭の中に持っていないと、交渉はできません。 日本人は…

十五、「物事、理屈やない」について

先に述べたように、わたしたちは子供の頃よく親などの大人に、「理屈ばっかり言いなさんな」と叱責されたことがあります。 そうか、自分の言うのは単なる理屈で、大人たちの言うのはちゃんとした論理なんやと、納得しようとするのですが、どうしても納得でき…

十四、世間のよいところ、悪いところ

そういう人に対する意地悪が、世間の秩序を保っている場合もありますが、悪行であることには間違いありません。問題は、そんな悪行の行われる世間というものが、本当に必要な存在なのかということです。 世間学の本を読めば、世間というものが存在するのは、…

十三、人に優しくばっかりしてられない

小学校の先生に言われたことは、二十歳を超えた大人になっても心の中に残っていて、できるだけ理想的な人間になろうと心がけていたものです。 どんな時にも正直でいて、人に優しくするという教えも、わたしは一生懸命実行していました。その努力の末にわたし…

十二、日本には『社会』も『個人』もない

フランス人の労働者は週に四日くらいしか働かなくて、就業時間も短いそうです。それでどうやって生活していけるんやと疑問がありますが、フランス人は少ない収入で人生を楽しむ術を心得ているそうです。 むしろ楽しまないとそれは人生ではないと考えているの…

十一、デイケアなんかに馴染んでどうすんねん

そうした気楽さが功を奏したのだと思います。そしてそういう気楽さは、日本の世間の中に入る場合、とても大事な要素なのです。 先にも書いたように、わたしはただデイケアを、喫茶店の代わりくらいにしか考えていませんでした。どんな人がいて、どんなことを…

十、新しい場所では最初は黙っていること

人間、ある所に所属した時に、過度に馴染もうとしたら、逆に馴染むことができないようです。ある所と申し上げましたが、どんな所も、それが日本国内にある所なら、それは全て世間なのです。 日本で人が三人以上集まったら、そこは世間なのだと、世間学の先生…

九、病院のデイケアに所属しました

こうしてはならない、こんな願望を持ってはならないというような足かせのなくなったわたしは、人生で初めてと言っていいほどの、安定した精神を持つことができるようになりました。 入院している時に、ある年配の入院者の人に、障害者年金というもののある話…

八、属する世間のなくなったわたし

前々からわたしはその宗教団体が嫌いだったのですが、そのことをそのまま述べるのは憚られました。 日本人の誰でも、自分の属している世間から抜け出すことを恐れるものです。その世間のことが死ぬほどいやだったとしても、我慢してそこにい続ける人が、どれ…

七、精神を病んでしまった

恋愛の相手は、よくあるように、同じ会社の人でした。 わたしは三十歳になっていたのに、相手の人はまだ十九歳の若さです。 ここで恋愛の経緯を事細かく述べても仕方ありません。それにこの恋愛には、たいした経緯もなかったのです。何故ならわたしは恋愛に…

六、バブル期の中で停滞するわたし

今となったらそんな強気なことを書けますが、まだ二十歳そこそこだったわたしは、前回の終わりに書いた人たちと全く変わりがなかったのです。そしてわたしという人間は、そんな状態のまま、ずっと生き続けるんだろうなあと、内心諦めてもいました。 宗教はい…

五、心が分裂したわたし

ただわたしは朝起きるのが大の苦手で、ついにその苦手は六十三歳になる今でも克服されないままで来ました。 しかしそのことは世間についての話と関係がないので、バッサリ割愛します。 そのビニール製品加工会社にいる時も、例の宗教団体との関係は続いてい…

四、世間と仲良くすること

いやいや、このブログは、わたしの身の上話をするために始めたものではないのです。阿部勤也さんをはじめとする世間学の人たちの著書を読んで、わたしがどれほど共感したかを述べるために開いたブログなのです。 しかしわたしごときが、世間学の貴重な情報を…

三、世間の排他性

そうなるともはや就活どころの騒ぎではありません。わたしは実質上大きく転落してしまったのです。 私学とはいえ有名大学に入るということは、実際に入ってみて分かったのですが、ことのほか晴れがましいものです。 わたしの感覚としては、国語、社会、英語…

二、世間に馴染もうとした日々

そうです。日本には社会がないと、阿部さんは仰られておりました。 若い頃のわたしは、ある宗教団体に関わっておりまして、そこに所属する親しい人に、「社会は厳しいとこやで。中川君のように軽く考えてたら、痛い目にあうで」と脅かされていました。 わた…

一、世間学との出会い

わたしはもはや六十三歳にもなる男性です。たった十五歳の頃より小説家になりたくて、色々と独学で奮闘してきましたが、五十年近くたった今でも、わたしの書いた小説でお金を儲けるまでには至っておりません。 それなのにわたしは、今でも毎日コツコツと小説…