「世間学」を勉強中です。

日本の世間について語ります

十、新しい場所では最初は黙っていること

 人間、ある所に所属した時に、過度に馴染もうとしたら、逆に馴染むことができないようです。ある所と申し上げましたが、どんな所も、それが日本国内にある所なら、それは全て世間なのです。

 日本で人が三人以上集まったら、そこは世間なのだと、世間学の先生方の書いてらした本にありました。お金が儲かる所とか儲からない所とかに関わらず、全てが世間なのです。

 あちらこちらの職場を渡り歩いて、そしてこうしてデイケアという所に通うことになって、わたしは不思議なことに気付いたのです。

 よし、ここで思い切り馴染んで、みんなと仲良くしようと思った所では、馴染むどころか弾き飛ばされることが多いのに、こんな所、べつに馴染まんでもええわとばかりにぼんやりと始めた所では、いつの間にか馴染んでいるということがよくあるのです。

 欧米ではどうなのかは知りません。そういうことは世間学の本には書いてありませんでしたから。とにかくわたしの感想としては、それが真実なのです。

 色川武大さんという作家の方が書いてらっしゃいましたが、どんな所でも初めて通い始めたら、しばらくの間は、ただ黙ってじっとその場の状況を見ることが大事なのだそうです。いきなり積極的に口を出したり動いたりしない方がいいのだと。

 そしてある程度そこがどういう所かが分かって来たら、少しずつ行動を始める。

 世間学の本にはありませんでしたが、欧米ではおそらく違うのだと思います。個人の確立した欧米の社会では、新しい所に所属した人は、始めから積極的に口を出したり行動をしたりする必要があるのだと思います。

 始めは黙ってじっとまわりを見ているだけというのは、日本人独特の行動様式なのではないでしょうか。

 わたしがデイケアにある程度馴染んだ頃に、あたりを見回していて気付いたことなのですが、中に入ったばかりの人がいきなり張り切って大声でしゃべっている場合、その人はもう、次の日かその次の日くらいにはもう姿を現わしません。

 わたしもいくつかの職場でそのような真似をしたことがあります。頑張って働こうと思って、最初から色々なことをしゃべり始めるのですが、そんなスタートを切った時というのは、二、三日くらいで辞めてしまうことが多いのです。息切れしてしまうのです。

 会社という世間では、世間内部だけで流布している色々な話題があるので、入って来たばかりの人が、わざわざ新しい話題を注入する必要はないのです。はっきり言って、いつもの会話の邪魔になるので、前からいる世間の構成員の人たちから、うるさがられるだけなのです。

 世間にはもう既にその世間独自のルールがあるのです。新しく入ったばかりの人は、そのルールをある程度把握するまでは、黙り込んでいた方がいいのです。

 もちろん、挨拶はちゃんとしなければなりません。相手がにこやかに微笑んだ場合は、こちらもにこやかにする必要があります。

 そんなお追従めいた真似はしたくないと粋がっていると、世間の中に受け入れられることなどできません。

 欧米にある社会は変えることができます。社会改革とか社会変革とかの言葉はありますが、世間改革とか世間変革という言葉は存在しません。

 だから、こんな世間はいけない。いつか変えるために戦うのだなどと考えるのは、無駄なことなのです。

 わたしは別にデイケアという世間を変えようとも思っていませんでした。逆にデイケアを自分の力で支えようとも思っていませんでした。