「世間学」を勉強中です。

日本の世間について語ります

二十六、デイケアという世間に馴染む

 前にも書いたように、元々わたしはデイケアに馴染もうなんていう気はさらさらなかった。一人で生計を立てられないくらいの障がい者年金しかないんやったら、近々働きにいかなしゃあないやんと思うてた。

 それなのにだんだんデイケアというところに愛着が湧いてきた。

 デイケアの一番いいところは、一応始まりの時間はあるけれど、別にそれを厳格に守らなくてもいいということでした。

 会社に行っている間、仕事が覚えられなくて困ったこともありません。人間関係で苦しんだこともありません。ただ一つ、毎朝定刻に起きて定刻に会社に着けなかったことが、苦痛で仕方がなかった。

 会社員の最も重要な仕事は、始業時間までに会社に来て、タイムカードを押すことだけなんです。それさえ毎日ちゃんとできたら、後のことはどうでもいいと言っても過言ではありません。

 その最も大事な仕事がわたしにはできなかった。会社員失格です。

 ところがデイケアは、一応の決まりはあるものの、入る時間は自由に近いのです。それに決まりといっても、高々十時です。十時くらいの始まりの時間なら、守りたくなくても守れる程度のものです。

 そして午前中は全くのフリーの時間でした。その当時は煙草を吸っていたので、喫煙所でゆっくりと煙草を吸って、二、三の人とくだらない会話をして、それからわたしはおもむろにザウルスを取り出すのです。

 シャープのザウルス。あれはなかなかええ機械やった。小型のワープロとしては最高やった。

 決して静かとはいえない午前中のデイケアの時間と空間の中で、わたしは小説を書くことに集中した。デイケアは十一時半に昼休みに入ったので、まだ混んでいない食堂に入ってご飯を食べて、昼からはプログラム。三時半くらいに終わって、全員で掃除。そして終わりの会。四時くらいになったら、デイケアは終わりです。

 月曜日と金曜日はナイトケアがあって、わたしもそのメンバーに入っていました。それがまた楽しい。

 日本全国を回って探しても、精神科のデイケアやナイトケアなんかが楽しかったという人は、数えるほどしかいないでしょう。もしかしたら日本でわたし一人かも知れません。

 何しろそこで何らかの活動をしたところで、一円のお金にもならないのです。みんな、何とかどっかに働きに行かなあかんと焦っている人たちばかりですから、一円の金にもならんデイケアなんかで一日過ごすというのは、ただの無駄としか思えないでしょう。

 みんなが無駄だと思うところを、わたしはとても有意義なところと見なしていたのです。

 わたしは三十四歳くらいまで会社で働いていましたが、その間自分のことを、てっきり暗い人間だと思い込んでいたのです。

 まだ障がい者年金を貰いに行こうとする前、わたしは手動機の写植オペレーターの次は占い師になろうと志して、占いの教室に通いました。

 占いの勉強を進める最初の段階で、必ずといっていいほど、自分のことを占うことになります。何しろ世の中で一番興味があるのは自分のことだからです。

 その時わたしは自分の命式を見て、意外なことを見つけたのです。それは数理学という名前の占いの命式でしたが、わたしにはとてつもなく明るい数字がたくさんある。真面目しか取り柄のない暗い人間だと思っていたのに、わたしはネアカの遊び人だということを知ったのです。

 会社勤めをしていても、いつも鬱々として、明るいところなんか一つもないと思っていた自分が、実は明るい人間だと知って、驚きました。